ROBO じー

ロボジー面白かった。

ハッタリでロボット博や学生の前で演説までするのがすごい。

しかも学生のうちからロボットが作れるというのがすごい。

俺は何にもできんかった。学生時代。

ただ言えるのは現実のロボット博だったら間違いなくばれる。

所詮映画であるがそこがまた面白かった。

ほんとに作ろうと思ったら難しいし自分でできんとこが多い。

ブラックボックスやユニットに頼るのがほんとのとこだろう。

それをいかに小型にするかということを考えると自作になる。

俺がやっていることも当然同じことになる。

パクリだましは日常茶飯事だ。

良いのがあり自分で改造する。エラーが出たらそれが出ないように何かを書き換える。

つまりエラーがなくなったのではない。回避しただけ。

リンクが使えない。そういう仕様だ。おわり。

言い訳として考えるなら大手本屋のデーターベースと使い心地を見れば速度は俺の勝ちだ。

「ただいま検索しております」なんて出ない。

規模が違うのもあるが適材適所でこれで十分だからだ。

現状を引き継ぐのも重要であるために互換性重視

いきなり変更しましたからすべて変えてくださいは使えない。

電子ブックとグーグルマップ、データーベースによる整理。

CSVによるデータのメンテナンス性の良さ

IDによるデータの管理しやすさ。

すべてにおいての自動化による不具合というか、らくしたがためのしっぺ返しも考えて

作りこまないといけないから一度寝てから使ってから日を改めて作るとかしている。

データ取り込んでいきなり表示したらたまに違うのが出るのを防ぐために

わざわざ手作業のとこもいる。

正確性がほしいとどうしても手まかける必要は出てくる。

システムができたーーーーー。

寝よう。

自分が!じゃない。システムを寝かすんだ。一晩おくとおいしくなるカレーと同じだ。

あーしたほうがいいかも。いや待てよ管理番号ないと重複したとき困る。

とか出来てから寝ながら思いつくこともあるからだ。

この辺の発想は漫画家さんと同じだね。

ちなみに今日、暇があったので円空を見てきた。

12万を目標に仏像を生涯掘り続けたようだ。実際は4500くらいだったようだ。

それでもすごい。年平均100体になる計算だ。

3日に1体だ。飯食う時間もないのではないだろうか。

1体1体の顔に表情がある。

顔は心の鏡。ものつくりは人となりをあらわすといわれるように作られた仏像に表情がある

疲れた表情を物語る笑顔の仏像

怒りというかふてくされた気分を物語る笑顔の仏像。

悲しそうな笑顔・・・。などなど・・・

必ずしも笑顔だけで生きてきたとは言い難い円空の人生が仏像に表れている気がした。

本社が置かれた一つの理由でもあるのかと思った。

それはさておき、仏像もロボットも作り手の思いが込められている。

手を抜いてもわからんというだましもあるのは作るのは人間だからだといえる

良くするのも悪くするのも作り手次第。

手を抜こうと思えばいくらでも抜けるし、よくしようと思えばよくできるがそこに

時間がかかれば手抜きの一つとして周りから受け取られることもある。

評価するのも人間であり、見るのは評価が正当にできる人間ばかり

ではない。ロボジーの行動は人間だからできることであり、最近流行りのAIでは

現在では不可能といえるファジー機能がふんだんにある部分であり、人間でなければ

できない重要性を多分に含んだ行動をみると人間の必要性はまだまだ多分にあるといえる。

人でなければできないから人がいること。

やれるかもしれないがやっていいかどうかを考える必要性を大事にしていくことが

今後の自分にとって大事な気がした。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA