日記

シェアウェア検討

最近Windowsが何かを目指すように作られていることに気が付いた。
前はおもちゃのように一家に一台と漠然としたつくりのような気がした
最近は、無在庫出品とかアマゾンの販売の加工用にとか動画制作向けとかニーズに合わせてるように感じた
だが、よくよく考えたら昔からそれやってる気がした
CD-Rが流行ればそのソフトが出て無料でWindowsに積まれている
音声認識が話題になればそれも積まれている
ブラウザもネットエスケープが出たからインターネットエクスプローラがタダで積まれた
便利さが増していくWindows
これは消費者視点だ。ただで使える手放せない。Windowsでないとだめだということになるが
開発者からすれば、Windowsで相乗り販売で稼ごうとせっかく開発したのにただで出されては倒産する
出すたびにWindowsにつぶされると思ったことだろう
動画ソフトいいのだしたら無料が積まれた
だがフリーソフトで出てるから同じことだと思う。
要は金がとれるだけの白物、これでないとだめだというものを作れということだろう
昔はパソコンはただの箱でみんなプログラマーだった。
だが今はだれでも使える家電にするのが目的だ
便利になっていくのはいいことだ。
だが中身がわかるのはプログラマーだけだ
いいものが安く買える
そう思ってあきらめることだ
電話っだってボタンを押したら黒い画面が立ち上がりコマンドと引数を押してエンター代わりに保留ボタンを押す
そして端末を閉じる
電話機の設定はコマンドラインだ
歳食うと考える必要がないものがいいからな
昔のようにボタンだけのテレビがいいわ
余計なものいらん
誰か半分に切れよー、リモコン。

Last Updated on 2024年4月21日8:40 am by cgishop